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日比野日誌

すしの歴史・文化

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*その33*

2008.12.02

握りずしが登場した時。ものめずらしいものが大好きな江戸っ子たちの間でも、これは大きな話題を呼びました。なにしろ、それまでは箱ずし、すなわち「箱で 押すすし」だったのが、店先には箱がひとつもないのです。しかも、何やら変わった風体ですしを扱っています。そうなると、これにまつわるたくさんの狂歌や 狂俳が生まれました。
「鯛ひらめ いつも風味は 与兵衛ずし 買い手は店に 待って折り詰め」(1856『武総両岸図抄』)。これは、与兵衛ずしの商法が客を待たせない、新 式の方法であったことを示しています。また、「妖術という身で握る すしの飯」(1829『俳風柳多留』)や「混みあいて 待ちくたびれたる 与兵衛ずし  客ももろとも 手を握りけり」(『武総両岸図抄』)などは、すし飯を握るさまが妖術(忍者がドロンとやるヤツ)に似ていることを呼んだものです。
こうして、江戸の街では新顔の握りずしは、やがて、すしの王道を歩むことになります。

*牛ずし*

2008.12.02

34これは新作のすしです。日本では、牛肉を食べるなんて文化はありませんでしたからね。それに、だいたい焼肉は熱~いもの。「キュッと締まった身が たまんねぇんだ」というすしとは合いません。だいいち、牛脂は魚脂よりも融解温度が高い…、要するに、魚はかなり冷やしても脂が出ませんが、牛肉の場合は 脂が出てしまうというわけ。焼肉屋さんの鉄板、熱くないところを想像してみてください。白い脂が固まってるでしょう?
それをすしダネにしようというのは、まさに冒険でした。が、昭和40年ころ、それに成功をしました。牛の特産地、三重県松阪駅の駅弁です。すしにする牛肉といえば、脂の少ない肉でした。甘辛く炊いたものを芯にして巻いたものが当時もてはやされ、今も大人気です。
しかし、時代は移り変わり、冷蔵冷凍技術も進化しました。そして、すしダネに生の牛肉が乗るようになりました。写真は飛騨牛のおすしです。マグロのトロにも負けない、いい舌触りが心地よいですよ。
ところで、なぜこれが旬のすしなのか?
今年は「丑年」ですから…

33今月は「コノシロずし」です。こうやって書くと、「なんだ、またかい?」って言われそうですね。だけど、三重県伊賀市の「コノシロずし」は特別です。作るのに2週間もかかりますし、なにしろ、これにまつわるお祭りまで開かれているのですから。
この祭りは「コノシロ祭り」と呼ばれ、毎年12月10日に、旧阿山町音羽の佐々神社で行われます。神前にコノシロずしが供えられ、その後の直会(なおらい=宴会)で各膳に1尾ずつつけられます。そしてあたりには、ぷーんとユズの香りが…。
というのも、11月の末、このすしを漬ける時、ユズの葉を使うことは有名です。約70~100尾のすしを漬けるのは、神社の氏子が交代で当番制になって いるのですが、全員が庭にユズの木を持っています。「小さな木だったら、ユズの木が丸裸になってしまうほど」と言われるほど、ふんだんに葉を使います。も ちろん、ユズの実も使います。
約2週間がたつと、酢を使っていないのに「酸っぱい」におい。発酵が進んできたのです。こうなると、いよいよ「お祭り」です。直会は簡単な食事ですが、 赤飯がついています。そして傍らには「コノシロずし」。ですが、みなさん、ここでは食べません。そう、このすしは、家への「お持ち帰り用」なのです。

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