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	<title>日比野日誌</title>
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	<description>清水すしミュージアム名誉館長が寿司について語る</description>
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		<title>全国の郷土すし紹介・2月号　宮城県気仙沼市の『フカヒレずし』　</title>
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		<pubDate>Sat, 21 Jan 2012 08:26:25 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[全国の郷土ずし紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[　中華料理の高級素材、フカヒレ。大型のサメの尾ビレや背ビレを乾燥させたものです。
宮城県気仙沼市は、そのフカヒレの生産地として名高いところです。
本場・中国でもその名声は通っており、江戸時代から輸出をしていました。
　昨 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　中華料理の高級素材、フカヒレ。大型のサメの尾ビレや背ビレを乾燥させたものです。<br />
宮城県気仙沼市は、そのフカヒレの生産地として名高いところです。<br />
本場・中国でもその名声は通っており、江戸時代から輸出をしていました。</p>
<p>　昨年の大震災では、三陸海岸の多くの街が被害に遭い、水産加工物は大打撃を受けました。<br />
気仙沼のフカヒレも９割近くが海の藻屑となりましたが、<br />
なんとか地元の名物を守ろうと、残ったわずかなフカヒレが、冬の風に寒干しとなっています。</p>
<p>　さて、11〜12月頃に寒風にさらされたフカヒレが、その後いろいろな加工をされ、最高のかたちとなってくるのが１〜３月。<br />
「乾燥品を使うので旬なんかない！」なんてことを言う人もいますが、なんのなんの。<br />
問屋さんには、まさに「中華料理の王者」が並びます。</p>
<p>　そのフカヒレを使ったのがフカヒレのすし。<br />
煮込んだものを丸ごと使うのが姿ずしで、細かくばらしたのが軍艦巻き。<br />
できたのは最近（といっても20年ほど前には有名になっていましたが）。しかし、その風格たるや、堂々としたものです。</p>
<p>　東北大震災の後。三陸の街は着実に復興しています。<br />
がんばれ、気仙沼！　がんばれ、日本一のフカヒレの街！　がんばれ、フカヒレずし！</p>
<p><img src="http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/wp-content/uploads/3d79f47e5c0961ed7c3663db0125407d.jpg" alt="ふかひれすし" width="350" height="226" class="alignnone size-full wp-image-751" /></p>
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		<title>すしとあの人・2月号『徳川家康』</title>
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		<pubDate>Sat, 21 Jan 2012 08:22:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[すしの雑学]]></category>

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		<description><![CDATA[　信長、秀吉と来ましたから、次は家康ですよね。
徳川家康。言うまでもなく、江戸幕府を開いた人です。 
　家康とすしのつながりで言えば、ひとつは名高い「光秀によるアユずしのもてなし」事件。
徳川家康をもてなすように織田信長 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　信長、秀吉と来ましたから、次は家康ですよね。<br />
徳川家康。言うまでもなく、江戸幕府を開いた人です。 </p>
<p>　家康とすしのつながりで言えば、ひとつは名高い「光秀によるアユずしのもてなし」事件。<br />
徳川家康をもてなすように織田信長から命じられたのが明智光秀…、という話は、<br />
このコーナー、二つ前「すしとあの人・９　織田信長」を参照のこと。</p>
<p> さて、江戸幕府といえば献上ずし。各地の大名たちから幕府に献上されるすしがあったのです。<br />
その起源となるのが、徳川家康・秀忠父子でした。 </p>
<p>　関ヶ原での勝戦を願い、戦い、そして戦に勝ち…。<br />
岐路途中、岐阜という町に立ち寄ります。そこで食べたのが、長良のアユずし。</p>
<p>　長良のアユ自体が天下の名物です。そのすしですから、もう美味！　<br />
家康も秀忠も「うまい！」と賞翫の声をあげました。</p>
<p>　喜んだのは、家康たちにアユを食べさせた人。<br />
「世の天下人が『うまい』とおっしゃった。これは、毎年、このすしを味わっていただくことにしよう」</p>
<p>　こうして岐阜のアユずしが、毎年、家康・秀忠に献上されることになり、その後、その役目は尾張藩の徳川家がとって代わりました。</p>
<p>　全国各地で、似たようなもの、同じようなことが起こりました。<br />
おかげで10数藩が、江戸幕府にすしを送ることになりました。</p>
<p>　とは言え、ま、ほとんどが実話かどうか、わかりませんがね。</p>
<p>　で、時代は下って、家康が死に、秀忠が死に、三代将軍の頃になると、この献上ずしは、その名前だけが残ります。<br />
いや、形だけが残ったのではなく、いっそう豪華になって残ってゆきました。</p>
<p>　会ったこともない家康が食べたおすしを、無難に作り上げ、運ぶ…。<br />
その名声維持のために、制度がしっかり整えられてゆきます。</p>
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		<title>全国の郷土ずし紹介・1月号 三重県熊野市の『サンマずし』</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Dec 2011 09:41:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[全国の郷土ずし紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[　世界遺産に輝く熊野路のサンマずしです。
　古くは発酵させるすしにされました（もちろん、今でも好きな人は発酵ずしにします）が、今は酢を当てたすしが一般的です。
こちらは、昔より今の方が盛んに作られているようです。新鮮な魚 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　世界遺産に輝く熊野路のサンマずしです。</p>
<p>　古くは発酵させるすしにされました（もちろん、今でも好きな人は発酵ずしにします）が、今は酢を当てたすしが一般的です。</p>
<p>こちらは、昔より今の方が盛んに作られているようです。新鮮な魚さえあれば、普通の家の主婦でも作ります。</p>
<p>　北の方から戻ってくるサンマは、三陸から千葉にかけては脂が乗っていておいしいのですが、実はすしには不向き。</p>
<p>脂が多すぎるのです。ですから、それよりはるか南の熊野まで泳いでくると、脂も落ちて、すしに好適なサンマになるのです。</p>
<p>　そのサンマずしを食べる祭りが、三重県熊野市にあります。</p>
<p>　産田神社。</p>
<p>日本神話に登場するイザナミノミコトが火の神・カグツチノカミを産んだ場所として伝えられているところで、</p>
<p>それにちなんでこの神社では、１月15日、「子供の安産と健やかな成長」を願う「おとう祭り」が行われます。</p>
<p>「おとう」というのは「神様にお供をしていただく、尊い（とうとい）ご飯」のことで、それが略されたものだといいます。</p>
<p>　そこでふるまわれる「奉飯」というお膳に、サンマずしが乗っています。</p>
<p>ただ、このサンマずし、普通のサンマずしとはちょっと違い、背骨を残したままの腹開きとなっています（写真左。右側は普通のサンマずし）。</p>
<p><img src="http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/wp-content/uploads/2b86ab5e0cf464b0c253306c9cba5bac.jpg" alt="サンマずし" width="560" height="382" class="alignnone size-full wp-image-745" /></p>
<p>　「一本、骨のある（芯の通った）人になってほしい」という願いがあるそうですよ。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>すしとあの人・1月号『豊臣秀吉』</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Dec 2011 09:27:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[すしの雑学]]></category>

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		<description><![CDATA[　先月の織田信長についで、今月は豊臣秀吉です。この人もまた、すしに縁のある人ですね。
　秀吉が朝鮮出兵で兵を進軍させていた頃、陣中見舞として贈られたのがフナずし。
送り主は近江国長浜の「惣中」、すなわち町衆の連中でした。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先月の織田信長についで、今月は豊臣秀吉です。この人もまた、すしに縁のある人ですね。</p>
<p>　秀吉が朝鮮出兵で兵を進軍させていた頃、陣中見舞として贈られたのがフナずし。<br />
送り主は近江国長浜の「惣中」、すなわち町衆の連中でした。</p>
<p>これに喜んだ秀吉は、持ってきた使者２人に、陣中で能楽の舞いを見せたと伝えられています。</p>
<p>　さらに長浜へは礼状を書き、手厚い志に深い感謝の念を表しました。その書状が、現在の長浜城歴史博物館に残っています。 </p>
<p>　それにしても、驚くべきは、贈られたフナずしの数でしょう。「鮒鮓一折」と書いてあります。</p>
<p>　「一折」…。せいぜい３尾、多くても５尾くらいでしょう。これでは少ないと感ずるのは、私だけでしょうか。</p>
<p>　でも秀吉は、ちゃんと礼状を書いています。よっぽどうれしかったんでしょうが、偉いなぁ…。</p>
<p>　秀吉の頃は、すしといえば発酵させるものしかありませんでした。</p>
<p>　俗にいわれる「節分の時に巻きずしをかぶりつく『恵方巻き』の習慣は、<br />
秀吉の家来・堀尾吉晴が、節分の前日に海苔巻きを食べて出陣し、戦いに大勝利を収めた、<br />
という故事を元にしている」という説も、どうもマユツバのような気がします。</p>
<p> 　さて大阪府堺市では昔、４世紀末の応神天皇の頃から酢が造られていました。</p>
<p>その地元の名を取って「和泉酢」と呼ばれていたわけですが、秀吉の時代、製酢業者が堺から大阪へ移り、<br />
その頃から「玉迺井」の商標が用いられるようになったわけです。</p>
<p>　「玉迺井」。わかりますか。「タマノイ」。</p>
<p>あの「すしのこ」で有名なメーカー「タマノ井」は、実は非常に古くからある名前なんですね。<br />
ちなみに、「すしのこ」メーカーの「タマノ井」は1907（明治40）年の創設です。</p>
<p> 　おまけのような話ですが、現在、すし切り包丁で有名なのは高知県です。</p>
<p>　なぜこの地に刃物産業が根づいたかというと、今から400年ほど前。<br />
時の領主は長宗我部元親でありました。彼が戦地から、刀鍛冶を連れ帰ったことが発端だったといいます、</p>
<p>　戦地とは？</p>
<p>　秀吉に招かれて参戦した「北条攻め」。今の神奈川県小田原市でありました。</p>
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		<item>
		<title>全国の郷土ずし紹介・１２月号『京都府京都市の蒸しずし』</title>
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		<pubDate>Wed, 23 Nov 2011 09:09:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[全国の郷土ずし紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[　蒸しずしといえば関西の冬の風物詩です。
人々がからだをすぼめながら行き交う街中。
すし屋には「蒸しずし」と書いた旗がたなびいて、蒸籠から湯気が立ち上っている。
「今年もおおきに」「来年もよろしゅうに」。あぁ、今年も終わ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　蒸しずしといえば関西の冬の風物詩です。<br />
人々がからだをすぼめながら行き交う街中。<br />
すし屋には「蒸しずし」と書いた旗がたなびいて、蒸籠から湯気が立ち上っている。<br />
「今年もおおきに」「来年もよろしゅうに」。あぁ、今年も終わるんだなぁ…。</p>
<p>　俳人・内藤鳴雪が10代の頃、そうですねぇ、慶応の頃でしょうか、京都の新京極あたりでこのすしを食べた、ということです。<br />
ただ当時のすしは、おそらく『名飯部類』（享和２年刊）に出ている「あたためずし」のようなもの、<br />
つまり、熱いご飯に酢をあてて五目ずしを作り、それを冷めないうちに食べるものだったと思われます。<br />
このすしは、やはり俳人の小泉迂外が明治40年代に書いています。「当今では廃れて、やる者がいない」と。</p>
<p>　今のような、五目ずしに人工的な熱を加えて暖めてやる方法は、大阪で生まれたものかもしれません。<br />
茶碗蒸しのようですが、速く蒸し上がるように、茶碗の底に小さな穴を開けた、専用の器もありました。<br />
これで茶を注いで、膝の上に「粗相」をした、という慌て者の話が残っています。</p>
<p>　今日では、冷凍物が全国流通しています。<br />
アッツアツにして食べるのだから問題はない。と思っていたら、<br />
酢が飛んでしまう、とか、錦糸卵の色が褪せてしまう、とか、いろいろ問題点があったようです。</p>
<p>　ひもをピッと引いたら暖かくなる最新式の保温容器。あれだったらどうなんでしょう。</p>
<p> <img src="http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/wp-content/uploads/1ed393d8b23bad84d5e7466d9870c7f6.jpg" alt="蒸し寿司１" width="242" height="298" class="alignnone size-full wp-image-736" /><img src="http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/wp-content/uploads/cf580edc5b68562b51817eaef4069d38.jpg" alt="蒸し寿司2" width="386" height="244" class="alignnone size-full wp-image-737" /></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>すしとあの人１２月号『織田信長』</title>
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		<pubDate>Wed, 23 Nov 2011 09:03:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[すしの雑学]]></category>

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		<description><![CDATA[織田信長は…、もう説明などいらぬ戦国武将ですね。
　彼が短気であったと伝えられることに関係ないとは思いますが、
彼が生きた室町後期、すしは何ヶ月も発酵させる「ホンナレ」の時代は終わっていまして、
発酵期間は短く押さえるこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>織田信長は…、もう説明などいらぬ戦国武将ですね。</p>
<p>　彼が短気であったと伝えられることに関係ないとは思いますが、<br />
彼が生きた室町後期、すしは何ヶ月も発酵させる「ホンナレ」の時代は終わっていまして、<br />
発酵期間は短く押さえることが普通でした。<br />
これを「ナマナレ」と言います。 </p>
<p>　織田信長は永禄11年（1568）、足利義昭将軍を擁して京都に入ります。<br />
その際、将軍の寓所として二条御所を作りました。あ、これ、今の二条城とは違いますよ。</p>
<p>　その頃でしょうか、一種の戯れ歌が流されました。 <br />
　生成れ（なまなれ）の　すしにも似たる　近江衆</p>
<p>　　石を重しと　持たぬ日はなし</p>
<p> </p>
<p>　信長の命で、皇居造営のために重い石を運んでいる近江衆たちを見て、<br />
人々はナマナレのすしを思い浮かべているのでした。 </p>
<p>　信長は本能寺の変で亡くなります。その首謀者は明智光秀。<br />
では、なぜ家来の光秀が信長を討ったかというと、<br />
天正12年（1582）に行われた徳川家康への饗応の席で、光秀が接待役を仰せつかった時、<br />
膳の中に「臭い魚」があるのを信長に知られたから、という説があります。</p>
<p>　「わしの大事な接待の時に、こんな腐った魚を出しおって！　馬鹿者ぉぉぉ！！！」とブチ切れた信長。<br />
公衆の面前で、光秀は殴られるは蹴られるは…。<br />
その光秀の恨みが本能寺につながったのでは、というのですが、さて…。 </p>
<p>　この話は江戸時代に書かれたものに載っています。<br />
「臭い魚」が「フナずし」と明記されるのは、さらに時代が下ります。<br />
だいたい、すしといえば発酵食品だった信長の時代。すしを前にして「臭い」などという感覚など持ちません。</p>
<p>　むしろ信長は、すしの愛好者だったかもしれません。<br />
なぜなら、彼は御所のお湯殿（天皇の側近）に宛てて、「すし」を献上しているのです。<br />
元亀３年（1572）４月17日といいますから、本拠地は岐阜。</p>
<p>　信長は岐阜名物だったアユずしでも贈ったのでしょう。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>全国の郷土すし紹介・11月号「群馬県みなかみ町のイワナずし」</title>
		<link>http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/archives/724</link>
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		<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 04:31:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[全国の郷土ずし紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[　群馬県みなかみ町といえば、有名な水上温泉郷がある町です。
そのみなかみ町の奥に藤原という地区があります。水上温泉のある駅前から１時間。
藤原ダムや藤原湖などがある山里は本当に「田舎」という感じのところで、
釣り名人たち [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　群馬県みなかみ町といえば、有名な水上温泉郷がある町です。<br />
そのみなかみ町の奥に藤原という地区があります。水上温泉のある駅前から１時間。<br />
藤原ダムや藤原湖などがある山里は本当に「田舎」という感じのところで、<br />
釣り名人たちにはイワナの宝庫。あこがれの地でもあります。</p>
<p>　その藤原地区で、群馬県唯一の発酵ずしがあります。<br />
いや、「ありました」という方が正確かな。<br />
私がここへ行ったのは10年ほど前のこと。<br />
その時、この味を守っていたのは、80歳を過ぎたおじいさんだけでありました。今も元気でいらっしゃるかどうか…。</p>
<p>　そのおじいさんに、このすしを漬けるところを見せてもらいました。<br />
３月〜９月の間にイワナを獲っておき、腹を出して塩漬けにします。<br />
この頃だったら冷凍もあり、ですがね。そして11月頃にご飯に漬けるのです。木桶に寝かせて、１ヶ月ほど発酵させるのです。</p>
<p>　できたおすしは、ぷんと発酵の匂いが漂ってきます。<br />
そこにおじいさんは、びんから何かを出してきて塗っています。自作のワサビ漬けです。<br />
天然のワサビは涙が出るほど辛いのですが、これがまた、すしに合う！　<br />
イワナずしの甘酸っぱさにワサビの辛味。<br />
こうすると、ワサビ漬けを塗っていない発酵ずしが、平べったい味に感じました。</p>
<p>　どうぞ、今でも、忘れずに作り続けられていますように…。</p>
<p><img src="http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/wp-content/uploads/iwanazushi-300x210.jpg" alt="iwanazushi" width="300" height="210" class="alignnone size-medium wp-image-726" /></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>すしとあの人・８　「三条朝成」</title>
		<link>http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/archives/729</link>
		<comments>http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/archives/729#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 04:00:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[すしの雑学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/?p=729</guid>
		<description><![CDATA[三条朝成。
誰、それ？
 平安中期に活躍した政治家で、醍醐天皇の親戚筋に当たる人です。
藤原北家の一員で、そこそこ順調に出世街道を歩むのですが、
北家自体あまり主流ではなく、まぁ、そこそこ苦労して生き延びたようです。
あ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>三条朝成。</p>
<p>誰、それ？</p>
<p> 平安中期に活躍した政治家で、醍醐天皇の親戚筋に当たる人です。<br />
藤原北家の一員で、そこそこ順調に出世街道を歩むのですが、<br />
北家自体あまり主流ではなく、まぁ、そこそこ苦労して生き延びたようです。<br />
あ、そうそう、笙の名人であったとも伝えられます。</p>
<p>　位は「従三位・中納言」までもらい、世に「三条中納言」として知られました。<br />
「従三位」ですから、いわゆる「上流貴族」の部類に入ります。 </p>
<p>　彼とすしとの関係は、説話文学の極地といわれる『今昔物語集』に載っています。</p>
<p>　太りすぎで悩んでいた三条中納言は、医師の和気重秀に相談をしました。<br />
「ワシは太り過ぎじゃ。痩せようと思うのだが、何かよい知恵はないか？」</p>
<p>　ダイエットの基本は、体重を減らすには食べる量を減らすこと、です。<br />
重秀は、「夏は水漬け、冬は湯漬けにして食べるとよろしい」と答えます。<br />
水や湯でお腹を満たせば、自然、食べるご飯も減ります。</p>
<p>　ですがしばらくして、「ちーっとも効果が現れんぞ。どうなっとるんじゃぁ！」<br />
とのクレームが中納言より入ります。そこで、重秀が中納言の食事風景を見てみると…。</p>
<p>　ご飯に水をかけて２〜３杯。<br />
さらにおかずとして、干し瓜を10切れ、アユずしを30尾、まとめてバクバク。</p>
<p>　あっけにとられた重秀は、「それだけ食べたら、やせるのは無理でしょう」と、見放してしまいました。<br />
以後の中納言は、相撲取りみたいな身体になってしまいましたとさ。 </p>
<p>　平安中期のすしといえば、フナかアユでした。<br />
もちろん、酢など使ったわけでなく、発酵によって酸味を出した発酵ずしでした。</p>
<p>　加えて、ご飯は食べない、魚の料理でした。<br />
だからこそ三条中納言は、水かけご飯の「おかず」としてアユずしを食べたのです。<br />
ま、30尾というのは食べ過ぎですけれどもね。</p>
<p>　三条朝成は、58歳で亡くなっています。彼が中納言になったのは亡くなる３年前。ということは、55歳のことです。</p>
<p>　年老いてからの大食いには、お気をつけください。</p>
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		<title>全国の郷土ずし紹介 10月　　福井県永平寺町の「葉っぱずし」</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Sep 2011 11:03:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[全国の郷土ずし紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[　永平寺町といえば同名の名刹・永平寺で知られるところ。
昔は永平寺町もこの寺の周囲だけを言いましたが、平成の大合併で、旧吉田郡を合わせて大きくなりました。
　ここらあたりの農村部には、ほかでは見られないすしがあります。
 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　永平寺町といえば同名の名刹・永平寺で知られるところ。<br />
昔は永平寺町もこの寺の周囲だけを言いましたが、平成の大合併で、旧吉田郡を合わせて大きくなりました。</p>
<p>　ここらあたりの農村部には、ほかでは見られないすしがあります。<br />
その名も「葉っぱずし」。秋祭りには、必ず作られるものでした。</p>
<p>　「葉っぱ」とは「油桐」の葉のこと。ひと口大に握ったマスのすしを包むのですから、人によっては単なる「マスずし」と呼ぶこともあります。<br />
この木は油を含んでおり、種子からは桐油が取れます。この油は防水効果はあるものの、食用にはなりません。<br />
しかし、葉にも表面に油気がついており、このためご飯がくっつきません。また、特有の香りもつきます。<br />
油桐の木は野山に自生していますが、このあたりの人はわざわざ自宅へ持ち込んで、「すしの木」として親しんできました。</p>
<p>　祭りの前日に作っておき、当日になったら食べ頃です。食べるのに箸なんかは要りません。<br />
葉っぱの包みを開けて、そのまま頬張るのです。<br />
口の中は、秋の香りでいっぱいになります。</p>
<p>　近頃は、祭りにすしを作る家も少なくなりました。<br />
旧松岡町の仕出し屋では、夏場だけ、このすしを売るそうです。すごい人気だそうですよ。</p>
<p> <img src="http://www.dream-plaza.co.jp/entertainment/sushi/hibino/wp-content/uploads/ae46b1f460ee46f789c27b264a6cb4212-300x240.jpg" alt="名称未設定-1" width="300" height="240" class="alignnone size-medium wp-image-720" /></p>
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		<title>すしとあの人・７　「青木昆陽」</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Sep 2011 11:02:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hibino</dc:creator>
				<category><![CDATA[すしの雑学]]></category>

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		<description><![CDATA[　甘藷先生。人は青木昆陽を称してこう呼びます。江戸時代。世にサツマイモを広めた人で有名ですね。
　本来の昆陽は、どんな人だったのでしょうか。実は彼は町人・魚屋の息子。
苦学して儒学を学び、幕府書物の閲覧を許されて役所に通 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　甘藷先生。人は青木昆陽を称してこう呼びます。江戸時代。世にサツマイモを広めた人で有名ですね。</p>
<p>　本来の昆陽は、どんな人だったのでしょうか。実は彼は町人・魚屋の息子。<br />
苦学して儒学を学び、幕府書物の閲覧を許されて役所に通っているうちに、吉宗将軍の目に止まりました。<br />
そこでサツマイモ栽培をやることになる…、というストーリーですが、ま、真実は定かでありません。 </p>
<p>　さて、彼が魚屋のせがれであったこととは関係ないとは思うのですが、彼の名著『昆陽漫録』には面白い一文が書かれています。</p>
<p>　「閩書ニ云ク　骰ノ魚ハ細如米粒ノ可鮓ニストアレハ　加州ヨリ出ル松百鮓ハ骰ノ魚ノ類ナラン」</p>
<p>　「閩」というのは中国南部のこと。そこらへんで書かれた本の中に、「骰（とう）の魚は細かくしてすしにする」とあります。<br />
『昆陽漫録』は宝暦13年（1763）に書かれていますから、日本では、すしに酢を混ぜることがそろそろ王道に来るかなぁといったところですが、話は中国ですから、この「鮓」は発酵ずしです。</p>
<p>　で、続けて、「加州、加賀の国（現石川県）から出る『松百鮓』は、この「骰の魚」の類であろう」。 </p>
<p>　松百ずしは江戸時代、加賀国から将軍家の御用となったものですが（松百は七尾市にある地名）、何のすしかわかっていません。<br />
現在の七尾市には、その痕跡も伝承も残っていませんから、何の魚を漬けたか、わかっていないのです。</p>
<p>　また、「骰の魚」の正体も、私にはわかりません。字書に載っていないのですから。</p>
<p>　すし文化研究の故・篠田統先生は「タツノオトシゴだ」としておられます。ということは、「松百鮓」とはタツノオトシゴのすし？ </p>
<p>　えぇ…、これ以上はもう言いません。だいたい、中国南部と日本の石川県を並べて比較するなんて、昆陽の考察からして、もう…。</p>
<p> </p>
<p>　どなたか、調べてくださいませんか。</p>
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