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日比野日誌

すしの雑学

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 一人前のすし、として値段がついてること、ありますよね。「並」は1000円、とか、「特上」は3000円だとか。
1人前のすしというのは時代的には新しく、大正時代くらいにできたものです。一説には、あるデパートの食堂が始まりだったとか。その頃は、女性や子どもたちにも、すしが受け入れられたのでしょう。以前は、すしは酒のつまみか、酒の後の「シメ」の食べ物で、1食には数えられていないのでした。ついでに言うと、すし屋というのは、昔は、あまり風紀のよろしくない、「悪所」と呼ばれるところにあったものだと言われています。
 「すし屋は男の世界」としていた北大路魯山人は、ある食堂で女性や子どもが食べるのを見て、「やがてはすし屋も、何でも許す空間になってしまうのか」と嘆いたそうです。そんなこと言ったって、すしが多くの人に広がっていくことはいいことなんですが…。

*その48*

2010.02.22

 江戸末期、すしは握りずしをも仲間に加えて、箱ずしにやちらしずし、巻きずしに稲荷ずし…。今とほぼ同様のラインナップを取りそろえていました。まぁ、違っているといえば、握りずしにつけ醤油がなかったこと、くらいでしょうか。その理由は、前に書きましたよね。タネにはみな、下味がついていたのです。
 こうして迎えた明治時代です。世の中は天下がひっくり返るような大騒ぎが続きますが、すしの世界は、急には変わりません。明治初頭期のすし屋の業態は、たいしてそれまでと異なっていたわけではありませんでした。特に握りずしの業界は、料亭さながらのぜいたく極まりない高級すし屋と、露天や屋台の気取らない低廉なすし屋とが、軒を並べる状態が続いていました。
 肩に握りずしの入った盆を持ち、片手にやかんを下げて、歩きながらすしを売り歩く商人もいました。さながら、江戸時代のままでした。

*押しずし*

2010.02.22

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佐賀県の全域、とりわけ北部の海岸地方で作られているすしです。「○○の時のすし」、というわけではありません。この地方では祭りや芝居見物、いまなら子どもの学芸会や運動会など、ちょっとしたお祝いごとのたびにこのすしを作るのです。また、葬式や仏事の際にも作られます。
写真にある置き方はお祝いごと。結婚式とか結納の時とか、特にめでたさが重なる時のものです。祝いごとではすしを3つや5つというふうに、奇数単位で並べるのです。かたちも、扇型ですしね。逆に不祝儀の時には、かたちは四角ばかりでした。
ところで、「祝いごとだというのに、こんなに地味なおすしで大丈夫?」って心配、なさっていませんか。たしかに、ご飯の白さが目立ちます。「上に乗った具だけがおかずか? ちょっと殺風景じゃぁない?」
ご安心ください。実はこのすし、中身があるのです。シイタケやニンジンを甘く煮つけたもの。そして、おそらく見えないでしょうが、焼いた鯛のほぐし身が入っているのです。これが絶品! 味を引き立てます。あ、仏事のすしには生ぐさ物は入れませんよ。
これからの機会だったら、さしづめ「お花見」でしょうか。やわらかな日差しに、やわらかな彩り。やわらかな味わいのおすしです。

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