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日比野日誌

すしの雑学

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すし職人のファッションといえば…、なんて難しい話をするんじゃありません。カランコロン。下駄の話です。いなせなおすし屋の職人さんがスニーカー履きじゃ、いまひとつ感じが出ませんか。サンダル履きだったら、話をする気にもなりません、か。
いえ、別に「正当なすし屋だったら、何を履けっ」って言いたいわけじゃなくて、その逆。昔は屋台の握りずし屋は、屋台の向こう側で座っておりました。食 べ物を調理するのだから座ってやるのは当然。だから、すしだって座って握るんです。下手に立ったりすると、「やめろぃ、ほこりが立たぁ!」
昔は「すし屋が立つようになっちゃおしまいだ」なんて言われたものですが、今じゃカウンターの向こう側で座ってるすし屋さんなんか、いませんよね。
だから、下駄でもスニーカーでもサンダル履きでも、職人さんの足もとは、なんでもいいのです。

*その42*

2009.08.25

江戸時代、将軍や大名など偉い人には、そのときどきに、ところどころの名物が貢がれておりました。これを「時献上」と呼んでいます。江戸時代中葉に記され た文献によると、その当時、いろいろなすしが各大名や諸侯に送られ、同時に、将軍家にも収められていたことがわかります。
たとえば琵琶湖畔の彦根飯や膳所藩・仁正寺藩などからは、将軍家にフナずしを送っています。ただのフナずしだけではなくて、大溝藩は「紅葉フナずし」と いうめずらしいすしも納めています。名古屋徳川藩はアユずしですが、これは主産地の長良川をつかさどっている藩だからでしょう。
岸和田藩のスズメずしというのは、鳥ではなくてタイですね。和歌山藩の釣瓶ずしというのは、大和の山中で作られていたアユのすしです。これらは、近年まで残っていたからわかるんです。

429月の第1土日曜は、兵庫県篠山市岡屋地区にある諏訪神社の祭礼です。昔は9月の3日から5日でありましたが、最近は土曜日曜に合わせようということになりまして…。
昔のことを言うなら、にぎやかな祭りでしたねぇ。たくさんの香具師(やし)、わかりませんかねぇ「的屋(てきや)」のことですよ。そんな人がいっぱい やって来まして、いろんなものを売ってましたよ。えぇ、怪しげに。それから、見せ物小屋もできました。ショッキングな看板の割りには、中身はさほどでもな かったですが…。懐かしいですねぇ。ここの名物といえば、相撲。プロの行司を呼んで行う本格的なもので、岡屋の村の力自慢が腕競べをしたものです。これも 今はなくなりました。
おっと、忘れてはなりません。この祭りの日に神前に供えられるのがドジョウずしとジャコずし。これは岡屋地区を東西ふたつに分けまして、西岡屋がドジョ ウずし、東岡屋がジャコずしをお供えしたのです。どちらも、近くの川や田から捕まえてきたものばかりですが、もちろん、今はなくなってしまいました。
それが平成15年。ジャコずしが復活されるにいたりました。ひと月の発酵期間を経て食べられるもので、味はともかく、どうにか復元することができました。年寄り連中からは「懐かしい」の声が聞こえましたが、これもいつまで続くことか…。

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