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日比野日誌

すしの雑学

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前回に続いて「のぞき」の話です。おすしを食べ終わった時に、「のぞき」をのぞいてみましょう。何が見えますか?
しょうゆが、まだたくさん残ってる。あんまり食べないのに、つけ醤油を入れすぎちゃたんでしょうか。辛くなかったかなぁと心配になります。逆に、「のぞき」に醤油が残ってない人もあります。これはこれで、醤油は足りてたのかどうかと心配になります。
ご飯粒がぱらぱらと散らばっている…。これ、職人さんがいちばん嫌う食べ方なんだそうです。おすしのご飯の方には、醤油はつけるもんじゃない、っていうのが一応のマナーになっています。「のぞき」にご飯粒が飛び散っている人。気をつけてください。
「おい、もっとワサビをくれよっ」といってワサビをもらい、「のぞき」に溶き入れる人。ワサビは醤油に溶くと辛味は薄まるもの。ゆめゆめ、なさいませぬように。

*その41*

2009.07.22

徳川将軍が召し上がるすし。それは室町以降にはやったナマナレでした。あの、酢をかけることもない、発酵させるやつ。江戸時代になっても、将軍様以下やん ごとなき方々は、「作り方の仔細は例年のとおり」。つまり、明治近くになっても、まだ中世然としたおすしを食べていたことになります。なんと気の毒なこ と、と思ってしまいますよね。
江戸の地元からは、すしになるような魚は獲れません。それらはいずれも、地方からやって来たのです。たとえば、今の岐阜市を収めていた尾張徳川藩のこと を紹介しましょうか。岐阜の長良といえば、アユの産地です。ここのアユずしは、鵜飼で捕ることになっており、「将軍様が召し上がるのは○日だから」と逆算 して、獲る日を決めました。
後は作る・送るがオートメーションです。名古屋からは東海道を上がりますが、その宿場すべてで到着時間が定められ、かつ、それよりも遅かったら「おそし」と書く。そんな書状も残っています。

418月27日。静岡県静岡市の田代地区では一週間遅れで、「お盆」が開かれます。ひと昔前は、そりゃあもう大変なにぎわいがあったそうです。
ところでこの日、諏訪神社の社務所では、一風変わったものが目を引きます。ヤマメの腹を開いて、中には粟。そんなものが、桶の中にビッシリと入っています。
このヤマメ。実はこの1週間ほど前に、山奥の明神谷から釣り上げたもの。明神谷は、この祭りのためだけに漁が許される聖域で、捕獲後はすぐそこで、獲っ たことを神様に報告すべく、祭りが行われます。ヤマメはその後、谷を出て、神主宅で塩漬けにされます。
8月25日、地元で採れた粟でご飯を炊いて、塩漬けしておいたヤマメの腹に詰め込むのです。そして桶の中に詰められ、翌26日の日暮れ過ぎに桶から出され、諏訪神社の神前に、神主だけの手で供えられます。
こうして27日の本祭りの日は、神前で車座になった氏子たちに、ヤマメが振る舞われます。ただし、しっかり塩辛い。このため、その場でこれを食べるという人は少なく、持ち帰ってから焼いて、お茶漬けにするのだそう。う~ん、それもいいかも。
なお、このヤマメの粟漬け。おすしの原形だという人がありますが、さぁ、どうだか…。みなさんはどう思われますか。

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