すしの雑学
「すし屋のカウンターにて」編 *その35*
2009.01.27
すし屋さんで箸を使うべきかどうか。前に一度やりましたよね、どちらでもいい。正確に言えば、カウンターで食べる時には手で、小上がりにあがる時には箸を使うのが「正しそうに見える」だけです。
それはさておき、最近のすし屋さんで、いや、すし屋さんだけでなくちょっと値が張る和食どころだったらよくやる、箸の出し方ですよ。まず箸置きが出て、その上に、箸が乗る…ってな具合。それだったらいいのですが、たいてい箸袋に入っているんですね。これがいけない。
箸置きに乗せるのだったら、箸は裸。箸袋には入れませんし、箸袋に入れるのだったら、箸置きはいりません。その代わりに、箸袋を折って箸置きを作る、そ れが礼儀なのです。ちなみに、箸を使わない時は、箸は必ず箸置きに。桶や皿に渡しておくのは「渡し箸」といって、NGです。
すし屋さんに限らず、和食のマナーですね。
*その35*
2009.01.27
庶民の飾らない食べ物だったのが、超高級和食にまで登り詰めた握りずし。しかし時代は意外な方向へと曲がってゆきます。
天保の改革。水野忠邦ってご存知でしょう?もっと詳しい人は「人返し令」だとか「上知令」だとかいうかもしれませんが、要するに、19世紀半ばに行った 幕府のスリム化。「ぜいたくするな」という倹約令のオンパレードで、風俗も厳しい取締りがあったのです。
そこに引っ掛かったのがぜいたくなすし屋。いえ、安い普通のすし屋だったらいいんです。贅を競った、あの「松がずし」のようなすし屋は、「手鎖」といい まして、手錠をかけられる罪となりました。街の中は火が消えたように、質素なものとなってゆきました。それが約1年半後、天保の改革が失政に終わると街は 再び活気づきます。ぜいたくなすし屋も手鎖をはすされて、前にもまして派手な商売をするようになりました。江戸の町民はそこまで、すし屋を愛していたのです。
*縄巻きずし*
2009.01.27
「縄巻きの とくる心や 梅の花」 日本が生んだ明治の奇人、いや天才、粘菌学者であり民俗学者でもある、南方熊楠が読んだ句です。
彼の生まれは紀州の田辺。ここの名物であった縄巻きずしが彼の大好物で、今届いたばかりの縄巻きずしを前に、「早く食べたい、でも、ひもがからまってし まって…。えーい、もどかしい…」とおもっているのでしょうか。それが、香りばかりを出してばかりで、なかなか咲かない梅の花にたとえているのですね。
縄巻きずしは、かつて田辺藩の御用にもなった逸品です。サゴシ(サワラの稚魚)やサバなどのすしを、文字通り、縄で巻きつけたもの。変わっているのは、 すしはご飯でなく、なんとヤマイモなのです。ふかしてつぶして、マッシュポテト状態になったところを、酢で味つけしてやります。これに魚を乗せ、姿ずしに してやると、あたりは酢の香りでいっぱい。でも、まだ食べられないのです。周りを細縄でぐるぐる巻きにして、軒先に1週間ほど吊るしておくと、ようやく食 べ時です。酢の香りに発酵の匂いが混じって、独特の味わいです。
今、このすしを作る人は1軒だけ。しかも、田辺を引っ越されました。さらに、かなりのご高齢で、今も作れるかどうか…。熊楠先生ならずとも、寂しい思いがします。








