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日比野日誌

すしの雑学

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すし職人は時々、ワケのわからないことばを使います。例えば、年下の者に対して、「おい、シャリを持って来い」などとね。
シャリはご飯のこと。仏様の「のど仏」の骨を「仏舎利(ブッシャリ)」と言いまして、それはそれは清らかに白いのだそう。その白さがお米の白さにつながって、やがて、すしご飯のことを言うようになったとか…。でも、そんなことは、どうでもよろしい!
これはすし屋の職人の間で使う「符丁(ふちょう)」というもの。お客さんの前では気が引けるようなことばを使う場合、あえてわからない表現にして言った のです。隠語ともいいますね。もっとも、ガリ(=ショウガ)、アガリ(=お茶)、ムラサキ(=醤油)など、今では「隠」から「表」に出回っているものもあ りますが…。
「ええっと、ガリがショウガで、ムラサキは…」なんて憶えないでください。これらは職人だけのことばでありまして、お客さんは使うべきものではないんです。堂々と「酢ショウガください」「漬け醤油ください」と言いましょう。

*その17*

2007.07.24

さて、改良型ナマナレ、また別の発展形態を見てみましょう。酢を使う方法です。時は、江戸になるかならないかの時代のことでした。
「いやぁ、いよいよすしに酢を使う時代がやって来たか。われわれになじみ深いすしの時代になるんだな」と喜んでる方。申し訳ありませんが、それは今しば らくお待ちください。この頃のすしは「酢を使う」と言っても、あくまでも「発酵の促進剤」としての酢。酸味の主体は発酵によるもので、発酵によって出る 「酪酸」の酸っぱさであったのです。つまり、ご飯や魚に酢を振りかけてから発酵させるもので、それにより発酵の期間は短くなりましたが、それでも3日から 1週間は時間を要しました。
もちろん、酢と一緒に酒なども混ぜられました。が、時代が下るにつれ、入れられるのは酢(と塩)だけに淘汰されてゆきました。そして、発酵の期間は短く なってゆきます。宝暦10年(1760)の『献立筌(こんだてせん)』には「(酢を使うすしなど)すしもどきだ!」と書いていますが、それから50年ほど たった享和2年(1802)の『名飯部類』になると、もう酢を使うすしが一般的で、発酵ずしなど「誰も知らないよ」というものに変わっていったのです。

*笹ずし*

2007.07.24

17新潟県糸魚川地方では、夏祭りやお盆の頃になると、笹ずしの登場時期となります。
笹ずしといえば、笹の葉っぱで包む…? いえいえ、この地方の笹ずしは、1枚の笹の葉をお皿代わりに用い、白いすしご飯の上にニンジンやシイタケ、卵焼き、山菜やクルミ、サケのフレークなどの具を乗せていくのです。
「サズイカ」というものも聞きました。なんでも「サズイ」というのは「梅雨時のうっとうしい状態」を指す、この地方の方言なのだそうです。この時期から 捕れ出す小型のイカ…、「サズイ」時に捕れるイカだから「サズイカ」というようになりました。これをゆでて二杯酢につけたものも、笹ずしの絶好の具になり ます。
さてこの笹ずしを、そのまま出してしまうところもありますし、写真のように箱で押しをかけるところもあります。また、もっとギッチリすしご飯を詰めて、 重石をかけるところもありますし、さらに昔は、笹の葉をお皿代わりにするのではなかったともいいます。すし箱に笹の葉を敷き、一面にすしご飯を詰め、上か ら具をかけ、笹の葉を敷き…ということを繰り返します。そして、よーく重石をかけた後、箱から抜き出して切る、という方法だったそうです。
「へぇぇ、日本にはいろいろな笹ずしがあるんだなぁ」と感心しないでください。これ全部、人口5万人・糸魚川市内のお話なんですから…。

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