日比野日誌

すしの雑学

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前回の記述で、訂正をひとつ。

「日蓮宗だとか(中略)肉食妻帯はぜ〜〜んぶダメ」と書きましたが、正確にいうと、日蓮は肉食を禁じてはおりませんでした。

日蓮は「末法(この世の終わりの時期)」では仏の戒めなど一切要がないとする「末法無戒」の立場を取っていました。

日蓮が生きた鎌倉時代は「末法」に入っておりましたから、今さら戒めなど何の効力もないとしたわけですね。ですから、肉食も大丈夫とされました。

ただ、日蓮自身は菜食主義者であることが確認されています。肉食を禁じたのは日興。日蓮の弟子でした。

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さて、話変わって、ところは伊豆。ここに日蓮が流された時のことです。

だいたいこの人、権力者からの評判があまりよくなかった。

『立正安国論』などという自著。

これが当時の災害や疫病などの原因を、こともあろうに、時の最高権力者である北条時頼にあるかのような記述をして、

おまけにそれを北条時頼自身に提出するという暴挙に出ちゃった。当然、時頼は大激怒!

日蓮は弘長元年(1261年)、幕府によって捕えられ、伊豆国伊東(現・静岡県伊東市)へ流罪されてしまいます。

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詳しくいえば、そこの俎板岩(まないたいわ)に流罪になりました。

このとき、漁師の舟守・弥三郎が日蓮を助けて岩屋に隠まって、朝夕の食事を運びました。

これが甘酸っぱい箱ずしで、そのすしを入れた井桁の重箱が、今のすし箱のもとであるとされています。

やがて人命を助けたという善行は伊豆全土に伝わり、今なお物日(祝祭日や家庭的な寄合)には、箱ずしが作られるようになったといいます。

これを贈り贈られことにより、友情を温め友情を深めるという、まことに風情のある習慣となりました。

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さて、現在も伊東市にある箱ずし。その具は、サバのオボロが重要です。

でも、これ、日蓮のエピソードとしては、ちょっと変ですよ。日蓮は菜食主義者だったのですからね。

だいたい、酢を使った箱ずしができるのは、江戸時代の中期以降のこととされています。日蓮の時代にあったとは、考えられません。

後世の作のようですね。

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