日比野日誌

すしの雑学

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 以前にもこのコーナーで名前を出したことがありますよね。
徳川11代将軍・家斉と12代将軍・家慶に仕えた人です。
唐津藩主で、最後には老中にまで出世した人、と書けば「おっ! ラッキーボーイじゃん!」とも言えそうですが、
彼の出世には賄賂がつき物でした。
まぁ、官僚のやることは、今も昔も変わらないようで…。

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 彼の名声を語るに欠かせないのが、天保の改革。
江戸の三大改革のひとつですが、前の享保の改革も寛政の改革も失敗に終わってるから、いっそうの改善策を進めました。
最大の目的は財政立て直しで、あの浪費家・家斉が亡くなった後は、ここぞとばかりに厳しい質素倹約令が出されました。
厳しいというより、ややヒステリックな、いや過激なくらいでした。

 庶民にひどかったのは寄席や歌舞伎への介入で、
禁止とはいかないまでも、「ぜいたくはいけません、生活は質素に」という理由から、
多くの寄席や芝居小屋が廃業へと追い立てられました。

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 11代将軍の頃は、そりゃもう将軍様からして贅沢で豪放な方ですもん、民百姓もカネを使うようになっておりました。
特に江戸の街では、多少の銭カネよりも「粋」とか「艶」とかいう美意識が勝っていたのです。

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すしの世界もそうでした。
文政年間に江戸の街に登場した握りずしは、初めは安価なものでありましたが、「松がずし」というすし屋が値をつり上げると、たちまちほかのすし屋も真似をして、ついには握りずしを生み出した「与兵衛ずし」までが、高価なすしを商うようになっていました。

庶民たちはそういう高価なすしに憤りを憶えたわけではなく、大きなあこがれを持っていたのでしょう。庶民というのは、そんなものでした。

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天保の改革で、手鎖になったすし屋は200人を超えたといいます。
しかしその天保の改革も失敗、いや大失敗に終わりまして、水野は失脚。これで以前の「贅沢の灯」は盛んになりました。

すし屋の手鎖ははずされ、前にもまして高価なすしが売り出されるようになったのです。

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