日比野日誌

すしの雑学

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 本名は鈴木源三治(ぎぞうじ)。江戸時代後期の人。「牧之」は俳号で、「ぼくし」と読みます。
越後生まれの越後育ちですが、縮の商人で、江戸にはよく行っていました。そのため人とのつき合いも広かったといいます。

 ある時、そうですねぇ、文化年間の頃(1800年頃)ですかねぇ、牧之は本の出版を目指します。
ただ、自分は越後の一商人。
そこで、数ある江戸の知己の中から協力者を見つけました。これが、山東京伝です。
京伝は出版協力を申し出たものの、費用の面で頓挫。その後、うやむやになってしまいます。

 そこで牧之は次なる候補を探します。今度は滝沢馬琴。
彼もまた乗り気で引き受けてくれるのですが、山東京伝との関係悪化を気にして辞退。
出版にはいたりませんでした。?

 それでも、と、今度は大坂で出版を企てますが、仲介者が死亡でダメ。
もう一度江戸で、と取って返しますが、今度も仲介者の死去でダメになります。

 そうこうしているうちに、山東京伝が亡くなります。これはチャンスとばかりに、滝沢馬琴のもとへ。
彼もようやく出版に前向きになってくれたのですが、馬琴は馬琴で、自分の小説「南総里見八犬伝」の出版です。
大作だから忙しさにかまけて、牧之のことは後回しになってしまいました。

 見かねた山東京伝の弟・山東京山が出版協力を申し出ます。
ところが今度は、馬琴が原稿を返してくれない。結局、牧之は原稿の書き直しを余儀なくされました。?

 こうしてできあがったのが、『北越雪譜』。
初編と二編に分かれ、初編が天保8年(1837)、二編が天保12年(1841)の版行といいますから、実に30年近以上がたって、ようやく完成を見たわけです。
売れ行きは絶品。大ベストセラーでしたが、二編出版の翌年、彼は亡くなってしまいました。?

 で、何の話でしたっけ? あぁ、そうか。おすしの話だ。

 牧之、曰く。初ザケは江戸の初ガツオに劣らぬ人気、だったそうです。
食べ方は刺身、なますと並んですしへの利用がありまして、大晦日にサケのない家はわが国にはない、といっています。いかにも越後人らしい分析ですね。

 この頃、江戸では握りずしが発明されて、大繁盛。でも越後では、そんなものはありゃしない。
発酵させる、サケのイズシだったんですね。

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