日比野日誌

すしの雑学

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 知る人は誰でも知っている歌舞伎役者です。

 えぇ、歌舞伎なんか興味なし、という人のために書いておきますと、歌舞伎役者の名前ってのは同じものがたくさんあって、これを「襲名」といいます。市川團十郎しかり、坂田藤十郎しかり、片岡仁左衛門しかり…。ですけども、ひと口に「市川團十郎」といっても、いつ頃の「市川團十郎」かわからない。そこで「何代目」というのをつけるんです。

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 今回の「七代目 市川團十郎」とは寛政から安政の人。江戸末期の人ですが、江戸末期といえば、水野忠邦が行った「天保の改革」が有名ですね。この人、天保の改革の奢侈禁令、要するに「ぜいたくはいけません、生活は質素に」という命令に背いた、というんで、江戸追放、つまり「そんなヤツは江戸には置いとけないから、出てけ!」ということになりました。

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 で、そんな彼がどうしてまたこの「すしとあの人」に登場するかといえば、助六ずしの誕生に大きく関わっていると思われるからです。もう少し話を続けましょう。

 彼が残したものに「歌舞伎十八番」というのがあります。「じゅうはちばん」じゃなくて「おはこ」と読みますよ。市川家が得意とする歌舞伎演目が書いてあるのです。もうひとつ、助六が登場する芝居があり、その芝居は誰でも演ずることができたのですが、彼の頃になると「助六 イコール 團十郎」。市川家の専売特許のようになります。もちろん、十八番のひとつです。

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 きついこと 蛇の目の出端に 河東節

 『俳風柳多留 64編』にある句ですが、河東節を出端の節に使うのは「助六」芝居に限り、かつ、市川家だけに許されたことでした。また、「蛇の目」は加藤清正の家紋。河東節の「河東」に掛かっています。「出端に河東節が鳴っているぞ、ということは、出てくるのは助六だな、助六といえば團十郎だ!」ってな意味でしょうねぇ。

 この「蛇の目」をさらに深読みして、「蛇の目鮨」のことだといった人がいます。今も東京都中央区にある老舗ですが、実はこの「蛇の目鮨」が「助六ずし」という名前の発祥地だという説があります。もっとも、別説もあるんですがね。

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 この話。次回に続きます。

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