日比野日誌

すしの雑学

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頃は寛文年間といいますから江戸時代。1660年代後半ですね。
近江国伊香郡雨森(現・滋賀県長浜市高月町雨森)の町医者のところにひとりの男の子が生まれました。

名は雨森(あめのもり)藤五郎。後に朝鮮との交流に大役を果たした、雨森芳洲であります。

藤五郎は京都で医学を志すのでしたが、18歳の時、江戸に出て朱子学を学びます。先生は木下順庵。同門には新井白石や室鳩巣たちがいました。
やがてその聡明さから、24歳の時、対馬藩へと招かれます。対馬藩といえば九州と朝鮮の真ん中に位置するところ。彼の語学力が生かされ「朝鮮方佐役」を拝命し、さらには釜山で留学生活を送ります。

そうして、ついに朝鮮語の入門書ともいうべき『交隣須知』を編むのです。この本は日本語とハングルが対訳で書かれるという非常にわかりやすいもので、明治になってから東京外国語大学に朝鮮語コースができた後も、長らく日本の朝鮮語の教科書のナンバー1でした。

さて、その中の「魴魚」の説明を見てみましょう。

「フリニシヲセイスシニツケフ」

何のことだかわかります?

「ブリに塩をして、すしに漬ける」

「魴魚」とは「ブリ」のことなんですね。これに「塩をして」から、すしに「漬ける」とありますから、発酵ずしのことでありましょう。

それにしても、ブリの発酵ずしとはめずらしい。少なくとも私は、見たことがありません。

当時の対馬には(現在もそうですが)発酵ずしの伝統はありません。江戸にもありません。京都には発酵ずしの伝統があって、たとえばサバなどがそれに当たりますが、ブリというのはどうも…。そうすると、芳洲の故郷・近江の習慣、ですか?

いいえ。近江の習慣でも、ブリの発酵ずしはありませんね。

ひょっとすると、朝鮮の習慣?

韓国の東海岸部には「シッケ」と呼ばれる、キムチのようにトウガラシで真っ赤に染めた発酵ずしがあるのですが、魚はカレイ。

雨森芳洲の頃にはブリが使われたのかどうか、不明です。

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