日比野日誌

すしの雑学

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「蜷川親元」って、誰だか知ってます?

ニナガワ オヤモト? いえ、ニナガワ チカモト です。

蜷川親元は室町幕府の官僚であり、歌人でもありました。
8代足利義政・9代足利義尚将軍期の政所執事代として、著名な人です。
蜷川家当主は、代々「新右衛門尉(しんえもんのじょう)」、通称「新右衛門」を名乗っていました。

「あ、足利将軍に仕えた蜷川新右衛門っていえば、一休さんに出てくる…」と考えたあなた。
一休さんに出てくる「新右衛門さん」は、3代将軍・足利義満公に仕えた人。親元の父、親当(ちかまさ)だといわれています。

ま、お父さんも和歌の世界では、けっこう有名なんですけれどもね。

この人、性格なんでしょうねぇ、いついつ、だれから何をもらった、ってことを、
ちゃんと日記(『親元日記』といいます)に書いているのです。

たとえば、寛正6年(1465)7月。7日と8日にはアユずしが、28日にはフナずしをもらったことが書かれています。
くれたのは、7日が「土岐濃州」。これは当時の美濃の守護、土岐氏8代目の土岐成頼(しげより)でありましょう。

8日が「斉藤帯刀」。この「帯刀」というのは官職名で、正式な名前はわかりません。
あるいは美濃の斉藤さんかもしれません。
だとすると、美濃守護代・斎藤利藤。守護と守護代が1日違いで、アユずしを送っているのですねぇ。

いずれにしても、その顔の広さがうかがえます。

この日記には、すしが60回ほど出てきます。

最も多いのがフナずしで32回。ついでアユずしで、15回。
あとはコイだのアメノウオだの、それから室町以降に文献に上るようになった海魚のタイやイワシだの、すべて1回ずつ。
いかにフナとアユが双璧をなしていたかがわかります。

この日記のすごいところをもうひとつ。

ナマナレ(生成)ということばが、初めて文献に挙がるのが『親元日記』なのです。
ご飯も一緒に食べてしまう、発酵の浅いすし、ナマナレ。

世に出したきっかけを作ったのが、蜷川親元だったかもよ…。

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