日比野日誌

すしとあの人

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東京帝国大学法科卒で、明治から昭和にかけての農務官僚でした。

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しかし私たち文科系の人間には、民俗学の礎を構築した人として、その名は忘れることができません。

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はじめはスピリチュアルなものに興味を持ち、やがて妖怪研究に没頭し、あの名作『遠野物語』を生み出すのです。

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次第に「名もなき、どこにでもいる人」の生活、すなわち「民の俗」の中に、真の日本人が現れているのではないか、と考えるようになりました。

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それまでの歴史学が、文献主義の、また、確固たる出どころの人しか資料として扱ってこなかったのです。

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彼が立てた学問は、やがて「民俗学」と称せられるようになりましたが、権威主義の歴史学をやっている人の中には、「どこが学問なんだい?」と揶揄する人もおりました。

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私も、すしを研究しています。すしといえば、最近はそうでもありませんが、所詮、食べ物にしか過ぎません。

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私自身、「そんなもので論文なんて書けるか」と、何度となく人様からいわれたものです。

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本当に、研究のやりにくい時代でした。でも、私の脳裏には、常に「柳田國男」というビッグネームが光っておりました。

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ところが、うまくいかないものですね、彼は確かに庶民の食べ物を扱ってはいます。

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が、それはモチとか雑穀ばかりで、すしが対象にはなっていないのです。ほんと、不思議!

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かろうじて見つけたのが、昭和11年に出た「食制の研究」という論文です。

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やった。やっぱり柳田先生は、すしにも興味をお持ちでした。私は喜んでページを繰りました。

ところが…。

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ナレズシに関する記述が、数行あるだけでありました。

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しかもそこには「(ナレズシは)常の日にも食っていたらしい」とある。う〜〜ん。

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私の調べた中では、ナレズシは立派なご馳走です。

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とても「常の日」から食べられていたなんて、信じられません。

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いえ、どうにか庶民が「常の日」に食べられるようになったことはあるのですが、それは高度成長期以降です。柳田先生の論文とは、執筆時期が合いません。

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誰か、正確なところを、教えてください。

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