日比野日誌

すしとあの人

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すしとあの人 11月号 104「山縣有朋」

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明治の元老・山縣有朋は、長州藩萩の出身。

足軽以下の中間身分の家に生まれ、槍を学ぶ一方で、学問にも篤い人でした。

藩に奉公してからは京都にのぼり諜報活動をしていましたが、この時、尊王攘夷派の人々と出会い、吉田松陰の松下村塾に入ります。

ここは身分の差によって区別するのではないため、山縣のように出自の低い者でも堂々と正論を述べ、世に出られることになったようです。

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今年6月の本欄でも述べた「長州ずし」の名前で有名な高杉晋作とは朋友でもありまして、

奇兵隊設立にも協力。武芸や兵法の腕を生かして頭角を表し、やがて高杉が亡くなると、奇兵隊の総指揮官として活躍します。

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以後の山縣の生涯は書くまでもありませんね。

明治22年(1889)には第3代内閣総理大臣を拝命し、

陸軍卿や内務卿、そして内務大臣、司法大臣、果ては枢密院議長など、各職を歴任しました。

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凛々しい軍政家である反面、規則正しく、質素倹約を地で行くような人でありました。

趣味も和歌、漢詩、書、茶の湯と、いわゆる上品なものでしたが、ただ一つ。

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この人、無類の「造園マニア」でして、手がけた庭園は東京の椿山荘を始め、数々あります。

しかも従来の日本庭園とは一線を画し、「近代主義的」「自然主義的」とも呼ばれた独特の造園法まで確立させたのです。

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「無鄰菴(むりんあん)」とは山縣の別邸の名で、三つあることで知られています。

最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関にある草庵です。

『論語』にある「徳不孤必有鄰」(徳は孤ならず、必ず隣あり)にちなんだともいわれます。

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第二の無鄰菴は、京都の木屋町二条に購入した別邸、第三の無鄰菴も京都です。

ここは南禅寺の参道前に造営した別邸で、

日露戦争前、伊東博文や桂太郎、小村寿太郎らを呼んで「無鄰菴会議」が開かれた舞台ともなった場所ですから、

その存在を知る人も多いでしょう。

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さて、おすしとのかかわりですが、このふたつ目の無鄰菴にあります。

もともとは「高瀬川二条苑」と呼ばれ、慶長16年(1611)、高瀬川を開削した豪商・角倉了以が建設した庭園でした。

中には小堀遠州が作った茶庭も現存する由緒ある庭ですが、ここを山縣が買い取って改築し、無鄰菴と命名したのです。

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紆余曲折して、現在は「がんこ高瀬川二条苑」。

関西発のすしチェーンです。

あ、もし庭園を見学したいという人がおられましたら、食事をしない人でも申し出れば大丈夫だそうです。

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