日比野日誌

すしとあの人

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すしとあの人 5月号 98「中岡慎太郎」

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慶応3年11月15日(1867年12月10日)の夜、

醤油商を営む近江屋の2階で火鉢を囲んでおりましたのが、坂本龍馬と中岡慎太郎。

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龍馬といえば、奥方・お龍の機転で一死を免れた、京都・伏見の寺田屋での襲撃事件で有名ですが、

それから2年近くがたっても、いまだ幕府は政敵として、命をねらっていたのです。

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海援隊の本部が置かれた酢屋(わからない人は先月のこの欄を参照してね)を出て、この近江屋に移ったばかりだった2人。

風邪気味だった龍馬は近江屋が特別に準備した隠し部屋を出て、2回の部屋で暖を取っていました。

こんな日は慎太郎とともに、熱いしゃも鍋を食べようかと思い、使いの峰吉にしゃも肉を買いにやらせていました。

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峰吉が出かけたとたん、数人の男が押し入って近江屋に押し入り、

階上までかけ上がって、龍馬の額を一刀で断ち割りました。

龍馬は防戦する暇もなく、絶命をします。

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というような話はよく知られた話ですね。

今月は龍馬ではなく、中岡慎太郎。

近江屋事件で被害にあった、もうひとりの人物です。

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中岡慎太郎は、龍馬と同じ土佐人。

最期は京都の近江屋で、坂本龍馬とともに幕府の刺客の手に遭って…、という話になってます。

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龍馬が即死状態であったことは先に述べたとおりですが、

実は中岡慎太郎は即死ではなく、この日方2日間も生き続けていたのです。

その間、近江屋でのできごとを、同じ土佐藩の谷干城に伝え、さまざまの貴重な証言をしています。

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曰く、刺客のひとりは伊予人らしい。

曰く、龍馬を殺した後、刺客は「もうよい」といって立ち去った、などなど。

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しかし、今となっては謎が多く、真相は闇の中ですがね。

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さて、この舞台となった近江屋。

残念ながら今はなく、その跡地には「かっぱ寿司 京のとんぼ」。

なんとあの大チェーンの回転ずし屋になっているのです。

歴史好きのすしファンにはうれしいことです。

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ただ、このすし屋。

実は本当の跡地ではないって、知ってました?

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本当の近江屋の敷地は、「坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地」の碑が立っているところの南隣り。

ちょうど「星乃珈琲店 河原町店」のあるところです。

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