日比野日誌

すしとあの人

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すしとあの人 4月号 97「坂本龍馬」

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勝海舟、西郷隆盛、大久保利通ときましたから、今回は坂本龍馬です。

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坂本龍馬は天保6年(1836)、土佐の下級藩士の家に生まれます。

当時から土佐のサバは名物で、今でも土佐清水のサバはブランド化しています。

当然、サバずしも作られていました。豪快な姿ずしですね。

頭も尻尾もついた、いわゆる本当の「尾頭つき」の姿ずしですが、

最近は頭をとってしまって「姿ずし」と名前をつけてしまう、そんなおすし屋さんが多いのです。

こんな現状を龍馬が知ったら、どう思うでしょうか。

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坂本龍馬のサバ好きは有名な話で、

山田一郎氏の著作『海援隊遺文』の中に「サバの刺身にダイダイの酢をかけたのが(龍馬の)大の好物」とあります。

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土佐のサバといえばゴマサバです。

南の暖かい海流に乗ってくる魚で、特に旬はなく、一年中食べられます。

その名のとおり、腹にゴマ粒状の斑点が、無数にあります。

小さい頃の龍馬は、こんなサバずしを食べていたんですね。

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龍馬は熱心な攘夷(鎖国)論者になりますが、

江戸で開国派の勝海舟に会見して、即、それに同調するようになりました。

ただこれは、海舟の記憶違いであるとも伝えられていますが…。

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公家とも会うため、京都にも出没しています。

京の街といえばサバずし。

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有名な店では「いずう」が、京都の街中のサバずしを売っておりました。

記録にははっきりとしたことは書かれていませんが、

龍馬も「いずう」のすしを愛好していたとか。

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頭と尾を落としていますが、一晩おいて食べる京のサバずし。

サバは日本海から運んでくるマサバ。

これまた一年中取れますが、旬は秋です。

腹には黒い斑点はなく、真っ白なサバでして、そのサバの旨味をコンブで封じ込めるという、研ぎ澄まされた上品な味。

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土佐とは違う味を楽しんだことでしょう。

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さて、龍馬たちが京都の定宿としていたのは、最初が薩摩藩の宿舎・寺田屋でした。しかしそこが襲撃されると、次は三条の酢屋でした。酢屋といっても酢やすしとはまったく関係なく、木材商でした。今も、変わらずに残っていますよ。

そして最期を迎えるのは、四条河原町近くの醤油商・近江屋でした。この続きは、また来月に。

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