日比野日誌

すしとあの人

バックナンバーはこちら

-

絵師、というか画家ですね。

-

「司馬江漢」というと油絵のイメージがあって

明治時代の人かと誤解する向きもあるのですが、江戸後期の人です。

実は浮世絵師でもあり、「二代目 鈴木春信」を名乗ってもおりました。

また天文・地学、動植物など西洋博物学、

自然科学に興味を持つ蘭学者としても世に知られ、まさに和洋双方に目を広げていたんですね。

-

-

本名、安藤峻。

いい名前ですねぇ。

今なら、そのまま俳優にでもなれそうな感じです。

-

生まれは江戸の町民で、長く芝に住み着いていました。

芝、シバ、司馬…。

司馬江漢の名はここからつきました。

-

-

好奇心旺盛な人で、

好きな絵で身を立てようと、15歳でまずは狩野派に弟子入りして、日本画を学びます。

が、やがて浮世絵師の鈴木春信門下へ。

ここでは鈴木春重の名で活躍しますが、

しだいに師匠のゴーストライターのような仕事をし、後には師匠の「二代目」を名乗るのです。

-

-

25歳頃、

西洋画に目覚め、宋紫石に弟子入り。

-

その陰には、おそらく平賀源内の紹介があったともいわれています。

さらに、それの縁でしょう。

前野良沢にも出会い、彼の門下生になります。

ここで蘭学と出会います。

良沢の協力でオランダ語の本の翻訳もし、自身だけでも銅版画や望遠鏡なども売り出し始めました。

彼こそが、日本初の銅版画家なのです。

-

-

天明8年(1788)、

40を過ぎて、江漢は長崎に旅立ちます。

-

彼にとっては初めての西国、というより、藤沢より西には、出たことがなかったのです。

長崎に滞在後、平戸、池月島と、とても意義深い旅だったようですよ。

-

その途中でしょう。

8月に、今の滋賀県蒲生郡日野町に訪れ、

中野家に立ち寄り、フナずしを食べているのです。

それも「3年もの」。かなり深く発酵したものです。

-

-

天明年間といえば、

江戸ではすしに酢を混ぜるのが普通になりかけてきた頃です。

発酵させるにしても、2〜3日置くていどでしょう。

フナずしの味に慣れていない江戸の人には、食べづらかったでしょうね。

-

-

月別に記事を読む
Events Calendar
January 2014
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
交通アクセス
駐車場サービス
営業時間※一部店舗により異なります
ショップ10:00 〜 20:00
レストラン11:00 〜 21:00

年中無休各店舗営業時間の詳細はコチラ

ドリームプラザコールセンター

054-354-3360(10:00 〜 21:00)

お得なサービス 平日限定シネマまる得サービス 清水エスパルス後援会会員サービス 朝日テレビカルチャー会員サービス
無料サービス

来るたびにポイントがたまる!!

ドリプラタッチャン ドリプラタッチャン QRコード
パートナー募集 契約農家さん募集
エスパルスドリームプラザのモバイルサイト エスパルスドリームプラザ モバイルサイト QRコード

ケータイサイトもお得な情報が満載