日比野日誌

すしとあの人

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江戸時代中期の人です。

本名は「小野」ですが、通称は「人見」姓で、「人見必大」といった方が有名かも知れませんね。

岸和田藩の御典医の家柄で、もちろん必大もそうでした。

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彼を有名にしたのは、その著書『本朝食鑑』でした。本格的な食物本草の書として、というより、江戸時代で随一の、学問を極めた、食にまつわる百科事典です。今日でも、当時の食文化を知る上で、非常に参考になる本です。

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「すし」についても、長く保存できる方法(ホンナレ)のほか、ナマナレやハヤナレ、一夜ずしについても述べ、

医者らしく、その食の効用にまで筆を伸ばしている。曰く、「(すしは)胃を広げ、食を進める。

多年の瘀血(おけつ=血の流れの滞り)を和らげる」と。なんだかいいことずくめのようですが、

「過食しては呑酸(おくび =げっぷ)を起こす」とも書かれています。

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この本の刊行年は元禄9年(1697)。小野必大が亡くなるのが元禄14年(1671)ですから、晩年の出版です。

ただ、原稿は元禄4年(1691)頃にはできあがっていたんですがね。驚くべきは、その序文です。岡部長泰。

なんと時の岸和田藩主でありました。

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しかも、藩から出版助成まで受けていたといいますよ。

本にするというのは、今も昔も変わらず、お金がかかるものなんですねぇ…。

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そんな小野必大先生にも、ひとつ大きな間違いが…。

すしとは関係ないと思われる「禽」の項の「雎鳩(美佐古)」。ミサゴです。

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曰く、「数匹の魚を捉えて、(中略)石の隙間に隠し、一晩おいておく。これを美佐古のすしという」と。

そしてその味は、「佳ならず(よくはない)といえども、稍(やや)味わいがある」とのこと。

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ミサゴがすしの発明者であるとの説は、江戸時代にはやった俗説。

だいたい、肉食鳥のミサゴが、石陰に、魚と一緒にご飯までもを隠しておくという点が、無理がある。

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それが実在して、食べてみると「味わいがある」とは、先生。

ウソをいっちゃいけませんよ。

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