日比野日誌

すしとあの人

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今月もまた「華や与兵衛」です。

え?「お前もしつこいやつだなぁ。どうせ来月も、与兵衛なんだろう」ですって?

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いえいえ。与兵衛は四代目で終わり、名店・与兵衛ずしものれんを下ろしてしまいます。

ですから今回が、「与兵衛シリーズ」の最後になります。

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三代目がこの世を去るのは、大正4年2月のことでした。

もっとも彼は男盛りな年齢で、父親生前の頃から活躍をしていたものでした。組織を株式会社にもしました。

大正12年(1923)、関東大震災が起こり、東京の街は灰燼と化します。

もちろん両国の豪邸・与兵衛ずしも、その中にありました。

まさに目の前が真っ暗になってしまいますが、四代目は渋谷道玄坂近くの百軒棚に「与兵衛ずし出張店」を出し、

やがて、再び両国に店を構えることができました。東京鮨商組合の初代組合長に就任したのもこの頃でした。

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ところがその一方で、金の無心に来る人は後を絶たず。

なにせ育ちのよい「お坊っちゃま育ち」ですから、人を疑うことを知らない。

続いては昭和2年(1927)の金融恐慌。これで銀行融資もだめになりました。

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長男はすし屋には興味がなく、代わりに次男が跡取りになることが決まっていましたが、悪いことに、その次男が若くして病死。

ついに昭和7年(1932)、長く続いた与兵衛ずしを閉店させてしまうのです。

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そんな頃の与兵衛ずしを、時事新報家庭部が書いています。

ある寒い冬の夜、与兵衛ずしに入ると、「左側に食堂入口とあり硝子戸がはまって」いる反面、右側は障子で料亭風になっています。

食堂部の壁には「すしの図」がひとつ。きっと、川端玉章筆の絵でしょう。

客入りはよくないらしく、「食堂はガランとして」、まん中に置かれたストーブには「火の気がありません」。

ちょっと、酷ないい方ですね…。

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味つけは、江戸時代からの伝承でもある甘めでした。

いや女子どもではない、いっぱしの男には、「甘め」というより度がすぎるようだったかもしれません。

小寒い与兵衛ずしの食堂部で食べている新聞記者は、「甘すぎ」であると断言しています。

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