日比野日誌

すしとあの人

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前田利家といえば織田家の家臣。

信長からは人一倍の寵愛を受けた衆道、つまりゲイですね。

その相手であったことは、案外、知られていないのではないでしょうか。

豊臣秀吉の死後は、老骨にむち打って、五大老の一人として活躍をしています。

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あの加賀百万石の領国をなしたすばらしい才能の持ち主で、「加賀藩の祖」とあがめられていますが、

彼が加賀国を与えられたのは織田信長に所領を安堵してもらったときが最初でして、

石高はわずか23万石。しかも正確には加賀国ではなく、能登国でありました。

前田家が加賀で100万石を超えるのは、利家の嫡男・利長の手柄でした。

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さて、加賀・能登の国のすしといえば、江戸時代に将軍家に献上された松百ずしあります。

発酵ずしで、漬けた桶の上にタツノオトシゴを添えたものだとはわかっていますが、

何を漬け込んだすしなのか、まったくわかっていない、謎のすしです。

能登の松百というところで作られ、加賀藩が献上しました。

このすしが文献で明らかになるのは寛永から正保の頃。

加賀藩は、3代目の前田光高の時でありました。

ゆえに藩祖・利家とは、なんの関係がないといわざるをえません。

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話は変わって、今の金沢市周辺にある柿の葉ずしの話です。

柿の葉ずしといえば奈良のサバずしを柿の葉っぱで包み込んだすしを思い浮かべる人が多いでしょうが、ここのすしはリバーシブル型。

ご飯の上にも下にも具が貼ってあるんです。

特に紺海苔という海藻は、ここだけの特産品です。

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このすし。前田利家が初めて金沢城に入城した時、領民たちが小さなすしを柿の葉に乗せて献上した、という節があります。

利家の金沢入城は天正11年ですから、桃山時代ですね。

ですが、当時のすしは発酵させるもの。

酢を使うすしは江戸も中期になってからできたことで、利家の時代とは違います。

領民が献上したことはあったとしても、それは、少なくとも今のようなすしではなかったようです。

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