日比野日誌
すしとあの人
田山花袋は明治・大正期に活躍した小説家です。
日露戦争では従軍記者として活躍しますが、その時に軍医だった森鷗外に会ったりして、鷗外のとりこになったことを吐露しています。
同世代の文学者には国木田独歩、島崎藤村、柳田国男らがいますが、正直、彼らに比べるとちょっと知名度は落ちます。
晩年は宗教がかった作品を残していますしね。
それでも日本文学から漢籍、はては西洋文学まで愛した田山の魅力は捨てがたく、根強いファンもいます。
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田山花袋といえば中年作家による女性の弟子への複雑な思いを描いた『蒲団』が有名です。とくに。
女弟子に去られた男が彼女の使用していた蒲団に顔をうずめて匂いを嗅ぎ、そして涙する…という描写は、読者、さらに文壇に衝撃を与え、
この作品によって日本の自然主義文学の開花が決まったといっても過言ではありません。
本来なら隠しておきたい人間の真実を、ありのままに、いえグロテスクなまでに描き出されています。
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その次に書かれたのが『田舎教師』。
こちらは文学界を志すものの生活の安定のため教師になった青年が、いつかは東京に出て夢を実現させようと奮闘するが、
結局は田舎教師にもなれず、やがては21歳の若さで命を落としてしまう、という話です。
『蒲団』ほどには衝撃的な描写はなく、むしろ淡々とつづった文章ですね。それだけに、主人公が身近に思ええてきます。
この小説は実モデルのある私小説です。
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舞台は埼玉県羽生市。青年が務めた学校は、今はなくなってしまいましたが、弥勒高等小学校もありました(明治42年廃校)。
青年が下宿していた成願寺(じょうがんじ)は建福寺。主人公をはじめ登場人物が、名前こそ違っていますが、実在人物です。
主人公が布団を借りたのは、寺(成願寺)に出入りのすし屋。
これもモデルがあって、建福寺の目の前にあった「松寿司」さんでした。
残念なことに、このすし屋さんもなくなってしまったようですが、最後のご主人の息子さんは、すしの葉切りの達人だったとか。
きっとどこかで、このすし屋を継承していることでしょう。